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育児でやってられなくなるのはパートナーが状況を理解していないとき

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子育てはしんどいことも多い

子育てをしていると、親にとっても、子どもにとっても、しんどいことが頻繁に起きるんですよね。子どもが喜ぶことばかりをやってあげられるわけではなくて、子どもの気分に合わないこともしないといけないことがあるからです。

 

例えば、お風呂。なんで子どもってお風呂に入るのを嫌がるんでしょうかね?一回お風呂に入ってしまえば、今度はなかなかお風呂から出ようとしないのですが…

 

スムーズにいくように工夫をしているところへ…

それはさておき、何とかして子どもが前向きにお風呂に入れるように、こちらもいろいろと工夫をするわけです。

「この遊びが終わったらお風呂入ろうね」と事前通告して心の準備をさせたり、「お風呂が終わったら絵本読もう!」とかお風呂の先にある楽しいことを想像させたり…。その仕込みには頭も体も*1使います。

 

で、ようやく子どもがお風呂に入ろうかという気になったときに!

ふと、それまで視界から外れていたパートナーが子どもの目に入ったりするわけです。で、パートナーがやっていることが面白そうに見えると、途端に興味がそちらに移ってしまうわけです。

 

子どもの気がそれたときにパートナーがどう動くか

パートナーが状況を察して、「はやくお風呂に入ってきな」とか言ってくれればいいんですが、なかなかそうしてくれないことが多いんですよね…。

特に、ウチの妻はアスペルガー症候群なので、目の前の子どもの要求に素直に応えようとしてしまうんです。(悪気がないことはわかっていますが)

 

そうすると子どもはお風呂に入る気が完全になくなり、こっちはもう本当にがっくり来てしまうわけです。で、パートナーの無理解に怒りの矛先が向かうわけです。

 

瞬間湯沸し器のようにみなされやすいが…

ここまで読んで、「そんなお風呂ごときに目くじらを立てるなよ」と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。

しかし、これは仕事で言うなら、まさにクロージングまでこぎつけそうだった案件が、状況を把握していない同僚の一言で振り出しに戻るようなものです。

 

案件自体が問題なのではなく、それまでに投じた自分のリソースを無にされたことに対して、怒りをぶつけているわけです。(しかも、その原因が「社内」の人間だという…)

 

「パートナーが育児に協力してくれない」という言葉の意味

こういうパートナーの無理解が「パートナーが育児に協力してくれない」という言葉の内実なんだろうと、最近つくづく感じるようになりました。(仕事で言えば「同僚がプロジェクトに協力してくれない」に相当)

 もしあなたが、パートナーから「あなたは育児に協力してくれない」と言われたことがあるならば、それは「実際に育児でやっていること」ではなく「パートナーの動き」や「家庭全体の流れ」を把握していないことを言われているのかもしれません。

ぜひ少しだけでも意識してみて頂ければと思います。

*1:大げさなパフォーマンスなどで楽しさをアピールするetc

妻がアスペルガー症候群で、自分がカサンドラ症候群気味になってるとわかったら、とても気が楽になった

娘(3歳半)の育児を含めて「しんどいなー」と思うことが多かったので、公的機関がやってる子育て支援カウンセリングにこれまで何度か相談(というか愚痴)に行ってました。

で、今回カウンセラーの方とのやり取りで、妻がアスペルガー症候群であることに気づき、自分がカサンドラ症候群気味になっていることがわかって、とても気が楽になったんです。

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それはなぜかというと… 

 

これまで妻に対して「こんなに育児だけでなく家事全般に協力しているのに、どうしてそんな人の気持ちを逆撫でするようなことをするのか」とイライラしていました。

妻に悪気はないことはわかっていたのですが、それでも「普通はもっと配慮をするだろう…」と感じることは、それこそ毎日のようにあったんです。

 

しかし、それを訴えると妻は自分自身を責めてダウンしてしまう。自責がひどすぎて、周りを寄せ付けないほどのマイナスオーラを出す。3、4日して指摘されたことを忘れていくにしたがって、徐々に回復してくる。これがいつものパターンでした。

困ったことに、妻のなかに「またうまくいかなかった…」というダメな経験だけが残って、こちらの訴えは波風だけ立てて、何の役にも立たないのです…。

 

しかも、娘は母親の機嫌が悪くなると、不安定になり、どうしても愚図るようになります。妻がダウンしているので、その子どものケアもプラスアルファでしなければいけなくなります

さらに、こういう窮状を第三者に愚痴っても、あまりにも「普通ではありえない」ため、なかなか理解してもらえないというおまけ付きでした。

 

こういう経験を繰り返すうちに、自分が我慢しなければいけない、自分さえ我慢すればいいんだという気持ちになっていました。(これぞ、まさにカサンドラ症候群にかかっている人の心理!)

 

でも、そんな人生をずっと送るのは嫌だという気持ちもあって…。そんなこんなで、離婚という二文字がいつも頭をよぎっていたわけです。(もちろん子どもの養育を含めて、将来のことを考えると軽々と決められません。だから余計悩みがループしてしまうのです…)

 

それが、妻がアスペルガー症候群で、脳機能に偏りがあるとわかって、だいぶやわらぎました。そもそも「相手は見えてる」と思っていたものが、「相手は見えていなかった」のだとわかれば、これまでのスレ違いの合点もいきます

「こんなひどいことをするのは自分に対する嫌がらせなんじゃないか…」という詮索もしなくてすむようになったんです。

 

もちろん、改めて振り返ってみると娘にもアスペルガー気質があるようなので、それにも対応していかなければいけません。これまでとは育児のアプローチを変える必要があるのに気付かされたことも新たな発見でした。

それでも適切な現状認識ができたことで、ずいぶん対策がたてやすくなったと感じています。これからどうなるかは、まだわかりませんが、後悔のないようにやれることはやっていこうと思います。

子どもを理解するには傾聴ではなく「じーっと観ること」

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「子どもの言うことに耳を傾けなさい」ーたいていの育児書には「傾聴」が重要であることが書かれていますよね。でも、最近ちょっと違うんじゃないかな~と思うようになってきました。というのも、耳を傾けるだけでは理解しきれないからです。
 
「じーっと観る」と言えばいいかな。いきなり判断するのではなくて、まず子どもが何を考えているのか、子どもの世界を観ようとすることが重要だと、最近では思うようになってきました。
 
そもそも、幼児って自分の考えや世界観を言葉や体でうまく表現できないんですよね。論理的にまとめることもできません。だから子どもの言ったことを真に受けても、なかなか子どもの核心に近づくことができない。
 
そういうときは、子どもの言うことだけじゃなくて、何を見ているのか、体の動かし方や表情も含めてトータルで観つづけていると、なんとなく理解が深まるし、核心にも近づけている気がするんですよね。
 
で、そんなことを考えていると、これって大人でも同じだよなぁと思いました。自分が新入社員だった頃、もっと話し相手のことを理解しなきゃいけないって思って、それこそ全身を耳にするくらいの勢いで「傾聴」を実践してたんですが、すぐに集中力が切れてヘトヘトになっていたんですよね。

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いまにして思えば、その理由は自分のペースを見失って、相手の言葉に振り回されてしまっていたからだってわかります。そんな風に相手に身を任せるのではなくて、相手の世界を自分の中に描こうとするほうが、よっほど興味をもって観ていられるし、集中力も長持ちするんですよね。ゲームやパズルのような感覚が近いかもしれません。
 
あと「じーっと観ること」であれば、相手との会話に間が空いてしまったとしても慌てなくて済みます。傾聴だと相手に話してもらわないといけないので、どうしても質問攻めをしてしまう。この差はなにげに大きいと思います。

中村シュフさんの記事がわかりすぎる件について

男親の育児にまつわるハードルが上手に表現されていて、思わず「そうだ!そうだ!」と声をあげてしまいました。適当に引用してコメントしていきます。

パートナーが邪魔をする!?

帰ったら冷蔵庫に信じられない食材が余っていたり、信じられない洗濯物のたたみ方をされたりするより、「手伝わないことが手伝い」というのを、彼女も理解してくれています。

そうなんですよね~。このことを最近は「家事ハラ」って言うらしいですが、この問題がこじれるのは、パートナーもお手伝いを良かれと思ってやっているからなんですよね。

でも、家での生活を回していく責任者(主婦・主夫)からしたら、いい迷惑なんです。というのも、端的にいえば、子どもがいる生活はたいてい余裕がないからなんですよね。

ルーティンをきっちりこなしたうえで、ようやく余裕がすこ~し生まれるわけです。まあ、常にテンパってるわけですよ。ルーティンを邪魔されたら途端に詰んでくる。だから「邪魔をするな!」って話です。

やり方が正しいかどうかは、さしあたっての問題じゃないんです。責任者のほうは生活を必死こいて回しているんだから、パートナーはそのサポートをするべきなんです。自分の自己満のために動かないでくれってことですね。

男親の育児は孤独との戦い!

児童館や区の施設で声をかけてくれるママはゼロではないけど、きっと奥さんのピンチヒッターで来ていると思われているんでしょう。ガッツリ連絡を取り合っ て、一緒にカフェでご飯、みたいな関係にはなりませんね。僕はもっと聞きたい。同じ境遇の人たちなんで、いい小児科の情報とか、家事の愚痴とか、話し合い たい。僕の相談相手は実家の母と義理の母、先輩シュフの姉です。

そうそう!そのとおり!この相談相手がいないって孤独感は、日本の男親(育児に責任をもって当たっている人のこと)は結構感じているんじゃないかな。

すんごく、ママ友のような関係を作りにくいんですよね。女親ばっかりのところに一人ぽつん…。場がなんか微妙な雰囲気になることもよくあります。だから、あえて男性色を消すようなこともするんです尾木ママみたいなしゃべり方とまではいかないけれど、言葉遣いを変えたりしてね。

「みなさんの夫婦仲に亀裂を走らせるようなことはするつもりは一切ないので、安心してください!本当ですよ!」と言いたいけれど、そんなことをいきなり言うのも変だし…。自意識過剰だって言われそうだし。でも、そんな微妙な気遣いもしているってことは知っておいて欲しいですね。

育児は泥臭いことの繰り返し

20:30 2時間抱っこしたところでベビーベッドに次女をおろす

さらっと書いてあるけど、特に男親の育児経験者には「わかるー(涙)」話だと思います。「おっぱい」という最終兵器がないと、子どもが泣き叫んでも抱っこし続けるしか手がないんですよね。こっちが泣きたい…。

そして、子どもが言葉を話すようになってきたら「ママー(どこー)」と胸元で言われて抵抗されたりするんです。あのときの無力感って言ったらありゃしない。「やっぱり男だとダメなんかなー」とか、「寂しい思いをさせて、すまぬ」とか。でも、やるしかないんだよー

あと、こういう一日のタイムスケジュールが書ける人のことを、育児の責任者といってもいいんだろうと思います。別に責任者は一人である必要はないんですよね。むしろ複数人のほうが圧倒的にラクなのは間違いないんです。だから、そういうところからパートナーやサポートしてくれる人たちと情報共有していくのがいいんだろうなぁ、と思いますね。まあ、これが難しいから一人責任者になるんですけど…。

子育てでテンパる回数を減らすのに役立った言葉の置き換え

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なんでー!???

急がなきゃいけないときに限って「いやだー」

子育てをしていると、急がなきゃいけないときに限って、子どもが「いやだー!」とぐずって思い通りに動いてくれないことがよくありますよね。

そういうときにおだやかに対応できる人に私はなりたい、とは思うものの、実際には「なんでー ↑ よー ↓ 」といいながら、子供が泣いてもとりあえず目先のことを仕上げるのに躍起になってしまいがちです。いや、むしろ、それが日常茶飯事ですね。

でも、これじゃあよくないなと思っているのも事実であって、どうすればいいのかな…と悶々としてました。公的な相談所に行くようなものでもないと思うんですよね。特に私のような父親の場合は、そういうところにいきにくいという心のハードルもあります。

育児本はバカにできない!

で、解決策を求めて、最近本を読みあさっているんですが、意外と育児本に教わることがたくさんありました。なんだか育児本に変な先入観をもっていたみたいです。特に上述の状況に対しては以下の本がとても参考になりました。

いい子に育つ! 6000回のおむつがえ

いい子に育つ! 6000回のおむつがえ

 

結局は相手がいやがっているという反応も含めてコミュニケーションだと捉えるということですね。(こう書くと当たり前すぎますが、なかなか子育ての現場だと気づきにくいですよね…)

例えば、恋人とデートするときには、一方的に計画をたてたり自分勝手にやりたいことをやったりしないですよね。子どもに対してもそれは同じこと。

相手が嫌がっているならば、それをちゃんと認めてあげる。「なんで嫌がるの?(言うことを聞けー!)」ではなく「いまは嫌なんね(あなたの言いたいことを受け止めるよ)」が最初に来ないといけないってことです。

で、そのあとは押したり引いたりして、徐々にやらないといけないことを実現していくような感じです。まさに親子の駆け引き!

 

この「なんで」を「いまは」に置き換えるのは、本を読んだ私の勝手な解釈ですが、そういうふうに置き換えるようにしてから育児が随分楽になりました。結局は親のほうの気持ちの持ちようなんですよねー。

 

ぼちぼちやっていきましょー。